無意識な誘惑あるいは無防備な理性

カーテンから漏れる冬の朝日は柔らかく、包み込むような温かさを帯びていた。
そんなゆるやかな休日の朝ばかりはどうしても朝寝坊が得意な小さな子どものような体内時計で身体が動き出す。休日ともなると一層時間がゆっくりと流れていくようだった。

先に目を覚ましたのは文次郎だった。部屋はひんやりとしていてベットの中がやけに温かく感じられる。ベットサイドに置いてある時計をぼんやり眺めてた後、隣でまだ仙蔵が寝ていることに首を傾げていると、今日が休日であることを思い出して納得した。そうして再び目を瞑るのだが休みといえどそこまでだらだらしてはいられないと文次郎は身体を起こし、大きく延びをする。
ぎしりとベットのスプリングが鳴ったが、仙蔵はまだくうくうと寝息をたてている。文次郎はそれこそ幼子のようなあどけない寝顔をしている仙蔵にしばらく視線を落とし、起こさないように頭を撫でてからそろりそろりとベットを抜け出した。

午前八時。平日ならもう家にいない時間だが、休日ならば大抵は台所でコーヒーを沸かしている時間だ。豆を袋詰めで買ってきて、がりごりと挽いた後の香ばしい匂いが部屋に満ちて一気に目が覚める。インスタントが嫌いなわけじゃないが時間に余裕があるならばこれに限る。
コーヒーメーカーがしゅうしゅうと蒸気を発してきた。コーヒーの香りと共に蒸気の温かさが広がってくる。
ふとリビングに目をやると、いつの間に起きてきたのだろうか、ソファの上に座り込んでいる仙蔵の後ろ姿が見うけられた。
寝室のドアを開けっぱなしにしていたのだろうか、いつもはマグカップに注いだコーヒー片手に文次郎が仙蔵を起こしにベットまで行かなければ起きないのに、今日は自分でコーヒーの匂いを嗅ぎ付けて起きていたらしい。

文次郎はコーヒーの湯気がたつ仙蔵のマグカップを持ってリビングに行き、仙蔵と声をかけた。ぴくりと肩が揺れた気がしたが肝心の返事はない。もしかしてまだ寝ているのか?とマグカップを置いて顔を覗き込めば、その顔はうつらうつらとまだ半分夢の中のようだ。

起きてこなくても起こしに行ってやるのに、と文次郎は仙蔵の肩を抱いて軽く揺らす。実際文次郎にとって仙蔵を起こすことは休日の日課であり又楽しみのひとつでもあった。コーヒーの匂いを漂わせながら仙蔵の半身をベットから抱き上げ、名前を呼んだりしながらじっくりと仙蔵を夢の出口まで招き出してやる。
眠りから覚めようとする仙蔵のはこの上なく可愛らしい。必死に重たい瞼を開け、ぼんやりとした視線を文次郎に送る。全体量を文次郎に預け、また夢の中へ舞い戻ろうとしたときにコーヒーのマグカップを持たせてやれば、ぱちりぱちりと数度瞬きをしてコーヒーに口をつける。普段からは考えられないようなのんびりとした動きをする仙蔵はその時にやっと目を覚ますのだ。

今朝は少し状況は違うが同じようにやってみよう。抱いた肩を揺さぶりながら囁くように名前を呼び、仙蔵を夢の中から誘い出す。次第に開いてくる瞳はいつものように文次郎をとらえ、それでいて眠たそうにしばたいている。コーヒーを渡し、こくりと喉が鳴ったときに仙蔵の表情を伺えば、仙蔵は微かにほっこりと笑っていた。いかにも満足げという表情だったが、そこからはなんとも言えない無防備さが漂ってくる。
あぁ堪らない。仙蔵を引き寄せながら胸になんだか熱いものが込み上げてきた文次郎は思わず顔を手で覆う。きっと自分は今とてもだらしない顔をしている。
少女のように微笑む仙蔵はひどく壊れやすいものに思えて、仙蔵の肩に触れる文次郎の手つきが自然と優しくなった。

果たして当人は知っているのだろうか。自分が今どんな顔してんのか。仙蔵を起こしに行く度に文次郎はそんなことを思っていた。
昼間に自分がいない時間でも仙蔵はこんな顔をするのだろうか、するとしたらどんなときに誰の前でするのだろうか。
日常生活のなかでも仙蔵は時々こんな少女のような顔をする。本当にふとした瞬間にするから恐らく無意識なのだろう。

そんな表情を自分以外も人間が見ているかもしれないということに、微かな焦りと憤りを覚えた。決まった話じゃないがそうだとしたら不快で堪らない。
一度このように微笑まれてしまえば、今の文次郎のようにあっという間に虜になってしまう。そして虜になった者の中にはあわよくば自分も仙蔵と、等と考えだす不貞の輩だって出てくるだろう。それを思っただけでも文次郎はえもいわれぬ腹立たしさを感じていた。
出来れば自分だけのものであって欲しい。仙蔵のそんな無防備で愛らしい姿を知るのは自分一人でいい。非常に我儘で自分勝手な考えだがそう思わずにはいられないのだ。

こくりこくりと何度か仙蔵の喉が動き、マグカップからコーヒーが半分程なくなった所で仙蔵は顔を上げた。

「おはよう…文次郎」
「おはよう仙蔵」

仙蔵からマグカップを受け取ると、白い腕が文次郎の首ににゅっと回ってきて、ぎゅうと顔を胸に押し付けるように抱き着いてきた。

「ご機嫌だな」
「ん?私はいつだってご機嫌だよ」

にいと笑う仙蔵は何時もの仙蔵だった。だが今だにどこかふわふわとした印象が残っているように思えるのは気のせいだろうか。


ともかく仙蔵は平日は文次郎よりも少し早く起きて、お湯を沸かし、朝食を作っているのに休日だけは文次郎に起こされなければ、目を開けたとしてもぼんやりとしているだけで決して目を覚まさない。
身体にそういったリズムがあるのかどうかはわからないが、仙蔵の身体はそういう風に出来ているようだ。


仙蔵も起きたことだし遅めの朝食でも作るか、とソファから動き出そうとしたときに、首に巻き付いていたはずの仙蔵の腕がずるりと下がっていた。
なんでだ?と思って仙蔵を見てみればなんと再び寝息をたて始めていた。さっきのふわふわは気のせいではなかったようである。
物事はそう簡単にはいかないようで、何時もと違う今日は何時もと同じではいけないらしい。

文次郎は仙蔵を自分の膝に座らせて、はてどうしたものかと考えた。こうなるとなかなか起きない仙蔵を出来れば一発で起こす方法。マグカップに残ったコーヒーは冷めていて、これで仙蔵を起こすことは不可能だろう。

はたまた無防備な寝顔を見せつけてくる仙蔵。長い睫毛はなだらかな列を成して閉じていて、黒髪同様白い肌によく映えた。ごくりと喉が鳴った時に目についたのは少し濡れた赤い唇。髪が数本はりついていてより艶やかに見えた。
もしかしたらこれが鍵なのかもしれない。どこかのお伽噺のお姫様ではないけれどもこれで目覚めてくれるような気がしてならなかった。
柄にもなく乙女思考でありながら、限りなく自分に都合の良い、ちょっと恥ずかしいことを仕出かそうとしていると思ったが、考えたら負けだと文次郎は寝息がすぐ近くまで感じられるところまで顔を近づけ、赤く熟れた唇にそっと触れた。首を支えながら少しずつ唇を食んでいき、仙蔵が身動いだ所でゆっくりと離れれば仙蔵が目をぱちくりとさせていた。

「な、文次郎…!?、何を」
「二度寝すっからだろうが」

開き直っている文次郎に対し、仙蔵の方は驚きもあったのだろう、大きく目を見開いて口をはくはくさせながら文次郎を見上げていた。
そういえば仙蔵がこんな風に隙を見せるのは眠りから覚めようとしているときくらいかもしれない、と文次郎の頭の隅でぼんやりと浮かんだ考えは存外はずれでもないかもしれない。平日にしっかり起きるように切り替えのよく出来る仙蔵のことだから、こうして甘えたり身を任せたりするのは文次郎に限ってのことの筈だ。そう思うと気分がよかった。


まだぽかんと自分を眺めてくる仙蔵の少し開いた唇にもう一度軽く口付けると今度はみるみるうちに林檎のように頬を赤く染めてあげてしまった。
文次郎は仙蔵の頬を撫でながら顔の横に垂れる髪を耳に掛けてやり、細い腰に腕を回して抱き込んだ。
寝起きで冷えた身体が少しずつ熱を持ち始める。起きたばかりでまだ腫れぼったい仙蔵の目はうるうると露を含んでいるようで、赤くなった目元から今にも零れ落ちそうだった。
あぁ駄目だと思った時には既に文次郎は仙蔵をソファに押し付け、首筋に顔を埋めていた。
朝からだらしのないと我ながら苦笑モノだが、残念ながらそこで堪えられる程文次郎は出来た人間じゃない。欲しいものがいつのまにかすっかり目の前に出来上がっていたら誰だってそれに手を伸ばさずにはいられないだろう。

朝だからといって油断するんじゃあねぇぞ?無防備過ぎるんだお前は。
早々理性を捨て去った自分を棚にあげて、文次郎はくつりと笑いながら手始めにその白い首筋に噛みついた。













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リクエストしてくださったかたに捧げます

無防備仙蔵は本当に可愛いです…そんな仙蔵に我慢なんてせずに文次郎が飛び付いてくれればなぁと妄想しながら書いておりました

もっと文次郎だけ!みたいな所を出せればよかったなぁ…降ってこい!文才よ!←

リクエストありがとうございました^^



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